絵金派アートギャラリー

絵金派アートギャラリー

土佐の天才絵師『絵金』と同時代を彩った日本画の数々
~芝居絵、屏風絵、掛け軸、絵馬、襖絵~

絵金の作品

絵金作品でも珍しいアイテムを集めたミュージアム

絵師・弘瀬金蔵、通称「絵金」。赤い血が乱れ飛ぶ作品など、一般にはおどろおどろしい雰囲気が特徴だといわれますが、実は女性の美しさを追求した「美人図」、一般市民の日常をストーリー性豊かに描いた「風俗図」、あるいは狩野派をベースとした忠実な日本画など、その他の画風のものも多く残しています。

絵金派アートギャラリーでは、絵金の多彩な画風に触れられるように、そして「絵金作品」をより深く楽しめるように、こうした様々な珍しい作品を集結させました。さらに、“絵金”を色濃く受け継いだ弟子たちの作品も展示しています。

「絵金」、異彩の絵師

絵金派アートギャラリー 館内写真

絵金は、幕末の土佐、髪結・木下久七(専蔵)の長男として高知城下新市町(現・はりまや町)に生まれ、明治初期まで活躍した天才絵師です。同時代の絵師に、葛飾北斎や歌川広重(初代)、土佐では河田小龍がいます。

絵金は18歳で江戸に出て狩野派を学び、帰国後21歳で土佐藩家老桐間家の御用絵師となりました。しかし、狩野探幽の贋作事件に巻き込まれ33歳で町絵師へと下野。赤岡町の伯母の許に身を寄せ、ここ香南市を拠点として、独創性に溢れる二曲一隻の芝居絵屏風を大成しました。

自ら開発した絵の具の極彩色、大胆に空間を演出する遠近法、時間を超越した構成力(異時同図法)、登場人物の躍動美とほとばしる情念など、斬新な画風の芝居絵屏風は絶大な人気を博し、“絵金”は絵師の代名詞となりました。画風は弟子たちに受け継がれ、“絵金派”と総称されます。

絵金は明治3年没、享年65。生前、神社に奉納された絵金の絵馬や芝居絵屏風は、現在でも高知県各地の祭礼を彩っています。

“絵金”をより楽しむための道具・カラクリの数々

絵金派アートギャラリー 館内写真

当館には、絵金作品をより楽しむための仕掛けがたくさん設けられています。例えば、「絵金機巧絵巻」というレバーを回しながら絵金の巻き物作品を観賞できるカラクリがあったり、絵金が筆をとる姿をシルエットの動きで表現した仕掛けもあります。さらに、絵馬提灯や煙を吹き出すカラクリなど、絵金の画風を際立たせるための仕掛けも随所に置かれています。

さらに、当館では絵金の「頭部木彫」も展示しています。画人の頭部木彫はただでさえ珍しい品物ですが、そのうえ絵金となると肖像画や写真が残っていないため、顔立ちをうかがい知れる大変希少なものとなっています。これは高知県東部、安芸郡下の庄屋に絵金が招かれたときに、宮大工の「島村喜三郎」が絵馬提灯等を描く絵金の姿を見ながら彫った作品だと伝えられています。

作品例

宮本武蔵 巌流島の戦い
宮本武蔵 巌流島の戦い

みやもとむさし がんりゅうじまのたたかい

雪に傘さす御高祖頭巾の女
雪に傘さす御高祖頭巾の女

ゆきにかささすおこそずきんのおんな

伊達競阿国戯場 累
伊達競阿国戯場 累

だてくらべおくにかぶき かさね